北条氏政(4/20)(1553年~1557年)

ここでは、1553年~1557年までに、北条氏政(ほうじょう うじまさ)が、たずさわったことを勉強します。

1553年(天文(てんぶん)二十二年)1月、氏康(うじやす)の使者(ししゃ=使いの者)、氏政の婚姻(こんいん=結婚すること)に関して甲府(こうふ=現在の山梨県中央部の市)を訪問しました。2月、氏康、武田晴信(たけだ はるのぶ)から起請文(きしょうもん=神仏へのちかいを記した文書)を送られました。黄梅院殿(おうばいいんどの)との婚約(こんやく=結婚の約束をすること)が成立しました。

1554年(天文二十三年)6月、氏康により、室町幕府(むろまちばくふ)将軍家(しょうぐんけ)相伴衆(しょうばんしゅう=室町幕府が定めた一つの身分)に推挙(ある官職・地位・仕事などにふさわしい人としてすすめること)されました。7月、早川殿(はやかわどの)が、今川氏真(いまがわ うじざね)に嫁(とつ)ぎました。同月、前古河公方足利晴氏(ぜんこがくぼう あしかが はるうじ)が謀叛(むほん=時の為政者(政治を行う者)に反逆すること)し、古河城(こがじょう=現在の茨城県古河市にあった城)に籠城(ろうじょう=城にこもり敵と戦うこと)。11月、古河城を攻略しました。12月、黄梅院殿と婚姻(夫婦になること)しました。この年、氏康六男・景虎(かげとら)が生まれました。

1555年(弘治(こうじ)元年)5月、世田谷吉良(せたがや きら)家臣・大平清九郎(おおひら せいくろう)に書状を出しました。この時、初陣(ういじん=初めて戦いに出ること)を飾(かざ)りました。11月、長男・新九郎(しんくろう)が生まれました。この年、氏康弟・氏堯(うじたか)に長男(氏康の養子として)氏忠(うじただ)が、生まれました。

1556年(弘治二年)4月、常陸海老島合戦(結城氏と小田氏の間でおこなわれた戦い)が行われました。5月、氏照(うじてる=氏康の三男)、大石家当主となりました。

1557年(弘治三年)、氏康に、長女・芳桂院殿が生まれました。氏康弟・氏堯に次男(氏康の養子として)氏光(うじみつ)が、生まれました。

以上諸説あり。




投稿者: Mercury

歴史がとってもにがてな人いませんか? 実は僕そうなんです。大河ドラマなどの時代劇を見るたびに勉強しておけばよかったといつも思うんです。 そこで、歴史について勉強することにしました。 分かりやすいよう人物や出来事別に勉強しようと思います。 いっしょに勉強したい方、ちょっと興味のある方、 ぜひ、ご一読くださいませ。 文章下手ですが、よろしくお願いいたします。

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